LIFESCAPES

2022/08/17
私のこだわり

肌にまとわりつくような蒸した空気が、日に日に重さを増してきました。こどもたちにとっては、長い長い夏休みに突入ですね。強い陽射しに肌が焼かれる感覚や、耳に残る蝉のけたたましい鳴き声に触れると、自分が小学生だった頃の記憶が今でもふと蘇ります。ブログの最初のほうで触れたパソコン少年の頃の日々。AIと自分。汗をかきながら通った大学のキャンパス。毎日通う学校の教室から離れて、背伸びをして新しい出来事に触れた夏休みの日々は、その後の自分を形作る貴重な体験でした。今のこどもたちにも、夏休みならではの経験をたくさん積んで欲しいと思います。

 

前回のブログでは、LIFESCAPES社にとってとても大事な1年を過ごしていたということをお話しました。同時に私自身も、教員生活を18年送る中で今年4月に教授に昇格し、忘れることのない節目の年となりました。改めて初心に立ち返り、学問や教職の意義、価値を見つめ直す時間を過ごしました。改めて、多くの方のお力添えに御礼を申し上げますとともに、更なる精進をお約束させていただく次第です。これからも変わらぬご愛顧を賜りますよう、何卒お願い申し上げます。

 

さて今回のブログでは、私が大学でどのような想いをもって研究活動をしているか、少しお話をさせていただきます。

 

 

学問は希望

 

 

私は、学問は希望であり、力であると信じています。

 

コツコツと謙虚に学びを積み重ねていくことは、思考を正しい方向に向かわせ、普遍的な価値を見出し、時には社会や常識をも変えることができると確信しています。それは、こうした姿勢がいまのBMIを育んだという実感があるからでもあります。

 

2010年、私が教員になって6年目のことです。私は何人かの学生とともに、BMI技術を使ったリハビリテーションの研究に取り組んでいました。理屈では少なくとも、BMIを使って脳の可塑性(神経回路が組み代わり、今までになかった脳機能が作られて定着すること)を誘導し、脳卒中の後遺症である手指の麻痺を回復させることができると考えていましたが、当時のBMI研究はまだまだ黎明期で、その可能性を信じる人は周りに誰もいませんでした。そもそも当時、BMIといえば、「念じてコンピュータカーソルを動かす」「思念でロボットアームを自在に操る」といった、念力やサイボーグのイメージしかなく、私が「BMIで脳の機能を治したい」と言っても、誰もその意味を理解できる状況にはありませんでした。

 

仲良しだったリハビリ科の医師に実証実験をしたいと相談しても、脳卒中後の重度な片麻痺は回復が難しいという定説を前に、なかなか取り合ってもらえない状況がありました。でも、何度もしつこく食い下がるこちらの熱意に最後は折れてくれて、「BMIで脳や体の機能が回復するとは考えにくいけど、、、そんなに言うならまずは、「頭の中で「動け!」と念じたら電動式のサポーターが作動する」っていう、動作のサポート技術としての研究から始めようか」と、手を差し伸べてくれました。それは当初考えていた研究のゴールではなかったけれども、「BMIの利用を続けていけば、脳や筋肉の反応が良くなっていく」ということを示せるかもしれない− そうしたひとすじの期待を胸に、BMIの臨床研究を始めることができました。

 

研究の開始から数ヶ月経ったある日のこと、BMIの利用を始めた当初は全く筋肉の反応が見られなかった患者さんから、筋肉の応答が観察されたという報告を受けました。これはつまり、「手を動かそう」と思ったときに脳の中で運動シグナルが正しく作られ、それが脊髄を通って筋肉に伝わったということ。脳卒中によって傷ついた組織そのものは治りませんから、損傷部位を迂回するようにして新しい神経回路が形成されたのだと理解しました。「脳の神経は、一度傷ついたら再生しない」「重度な麻痺は治せない」といったさまざまな定説や思い込みが覆ろうとしている瞬間でした。

 

面白いことに、研究を認めてくれた医師や研究に参加していた学生(つなわち、私の真意を一番理解しているであろう人たち)ですら、最初はこの意味をすぐには理解できていませんでした。「先生、脳波を使って電動サポーターを動かす研究だったのに、筋肉の応答が出るようになってしまいました。これじゃあ、わざわざBMIを使う意味ないですよね!筋肉の応答を測って電動サポーターを操る装置を作ったほうが断然簡単ですから。」こうして困り顔で相談してきた学生たちに、私は唖然としながら、「君たちは何を言っているんだ!これは、BMIで脳が治り、体が治ったっていうことなんだぞ!治らないはずの麻痺が治せるってことなんだ!」と力説したことをよく覚えています。

 

こうしたエピソードを経験したことは、その後の自分にとって大きな支えになりました。「そんなことできる訳が無い」と否定的な反応をもらう中で、科学に対して誠実に向き合い、自分の考えを組み立て、粘り強くそれを伝えて仲間を集めながら少しずつ前に進ことで勝ち取ったこのデータは、これまで私の全く話を聞いてくれなかった人をも振り向かせる力がありました。科学は人を動かすという、強烈な体験でした。

 

学問をする、という行為は、霞を食う高等遊民たちの遊びごとでは決してありません。常識を疑い、あるべき未来の当たり前を自分たちの手で手繰り寄せることができるのが学問であり、イノベーションの源泉なのです。

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